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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)525号 判決 1974年7月24日

控訴人 有限会社野木タクシー

右代表者代表取締役 印出由三郎

右訴訟代理人弁護士 大根田毅熈

被控訴人 田辺真二

被控訴人 田辺文江

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 池田操

主文

原判決中控訴人と被控訴人田辺真二に関する部分の控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人田辺真二に対し金八四万四〇一七円およびこれに対する昭和四二年九月二九日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人田辺真二のその余の請求を棄却する。

原判決中控訴人と被控訴人田辺文江に関する部分の控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人田辺文江の請求を棄却する。

控訴人と被控訴人田辺真二との間に生じた訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人その二を被控訴人田辺真二の負担とし、控訴人と被控訴人田辺文江との間に生じた訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人田辺文江の負担とする。

この判決は第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

一、控訴代理人は「原判決の控訴人と被控訴人らとの部分中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

三、控訴代理人は、次のとおり述べた。

(一)  被控訴人真二は本件事故当時無職であり、以前勤務していた昭和アルミの食堂においても収入は極めて少なく、月収八万円には到底達し得ないものであったのである。また、休業期間は、被控訴人真二が古河整形病院に入院していた五一日間はやむを得ないとしても、退院後は極めて厳しい家内労働に従事していたものであるから、勤労意慾さえあれば、早期に就職して勤労可能な状態にあったのである。

(二)  被控訴人真二は病院退院後は本件事故による身体機能の欠損も回復し就労可能な状態にあったものであるから、本件事故により被控訴人真二の蒙った精神的損害はそれ程甚大なものではあり得ず、慰藉料金五〇万円とする原審の判断は相当でない。

(三)  本件損害賠償額につき、被控訴人真二及び真剛の過失による過失相殺をすべきである。すなわち被控訴人真二と真剛は道路交通法の禁止する原動機付自転車カブ五〇CCに二人乗りしていたため、車両の操作、走行状態すべてにおいて正常かつ安全運転が困難となり、交差点における安全運転義務に違反し、事故発生を回避できなくしたものである。また、被控訴人真二は本件交差点において、徐行義務があるにかかわらず、この義務を怠り、先を急いで車両の運転をなし本件交差点に飛び込むような状態で進入したため、事故発生に到ったものである。このように本件事故発生については被控訴人真二の側にも過失のあったことを考慮すべきである。

(四)  被控訴人真二の障害の程度は頭部外傷後遺症で労働者災害補償保険における障害等級一二級であり、昭和四四年三月一二日自動車損害賠償保障法による後遺症損害責任保険として金一一万円を受領しているので、この金額を被控訴人真二の請求額から減額すべきである。

被控訴人ら代理人は、控訴人主張(四)の事実は認める、と述べた。

証拠≪省略≫

理由

第一、被控訴人田辺真二の本訴請求について。

一、控訴人の責任原因、被控訴人の蒙った損害額のうち、

1、財産的損害中イ、入院費および治療費、ロ、付添看護費、ハ、入院中雑費、ニ、通院交通費、および本件事故発生につき被控訴人真二の過失の有無については、当裁判所も原判決認定と同様に判断するものであって、その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決理由の説示(原判決六枚目裏四行目から一〇枚目表五行目まで、同一〇枚目裏九行目から同一一枚目表三行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

≪証拠訂正省略≫

二、被控訴人田辺真二は事故による稼働能力の喪失により、合計金一一五万五〇〇〇円の損害(弁論の全趣旨によれば、二年間全く就業できなかったものとして喪失した得べかりし収益に相当する)を蒙ったと主張し、控訴人はこの点を争うので判断する。

≪証拠省略≫によると、被控訴人田辺真二は昭和四年三月二〇日出生した男子で、事故当時満三八才であったこと、被控訴人田辺真二は事故の三ヶ月前までは東京でそば屋を経営していたが、事故当時は肩書住所に転居後料理屋を新しく開店のため三ヶ月前に右そば屋をやめ、新規開店の準備中で無職無収入であったこと、事故後は開店を諦らめたこと、従前のそば屋当時の営業収入についてはこれを明らかにする資料がなく、また事故後開業による営業収益についても右の事情からこれを明らかにし得ないこと、被控訴人田辺真二が原審において月八万円の収入があった旨述べたのは、サラリーマンならこれ位の収入はあらうとの推測によって述べたに過ぎないこと、事故発生後五一日間は古河整形外科に入院し、その後、昭和四二年中は一日おき位に通院のため就業することができず、同年末には傷害は一応治癒していたけれども、その後も後遺症のため健康時と同様に働くことができなかったこと、以上の事実が認められ、以上の事実に弁論の全趣旨を考えあわせると、被控訴人が全く就業できなかった期間は事故後約六ヶ月(昭和四三年三月末日まで)と認められ、また後遺症自賠責保険金受領の際、被控訴人真二が頭部外傷後遺症で労働者災害補償保険における障害等級一二級の認定を受けたことは当事者間に争いのない事実であることに照すと、被控訴人真二が請求している逸失利益算定の基礎としている残余の休業期間一年六月は、後遺症により稼働能力に影響を受け、収入は減少したものと認められる。

当審ならびに原審において被控訴人田辺真二本人が事故後二年間は全く働くことができなかったと供述している部分は、前記後遺症の部位程度からすれば、少くとも事故後六ヶ月の休業後準備した営業設備の利用または他の職業への転職によって、収入を講ずる途が全くなかったとは考えられないことに照らし、採用することはできない。

そこで進んで、逸失利益の数額について考えてみるに、被控訴人が本件事故前に得ていた収入については明らかでなく、開店を準備していた営業と同種の営業収益等、開店できなくなったことによって喪失した利益を算定すべき得べかりし収入を推定する資料が全くないので、統計により認められる性別・年令とも被控訴人真二に照応する一般労働者の一ヶ月の平均賃金を基準として算定すべきものと解すべきところ、労働省労働統計調査部の調査統計(賃金センサス)によると、昭和四三年満三九才の男子(右認定の期間は昭和四二年より昭和四四年にまたがるので、平均的に昭和四三年を基準とすることとする)の一ヶ月の平均月収は金八四、一〇〇円であると認められるから、被控訴人真二が完全に労働能力を喪失していた期間六月の逸失利益は、右平均賃金を基礎に算定すると、合計金五〇万四六〇〇円と認められる。

つぎに、労働能力低下による逸失利益につき考えると、被控訴人真二が頭部外傷後遺症で労働者災害補償保険における障害等級一二級の認定を受けたこと前記認定のとおりであり、右障害後遺症による労働能力喪失の割合は、労働基準局長通牒(労働省昭和三二年七月二日付基発五五一号)別表の労働能力喪失率表を参考にすると一四パーセントの低下とされている。被控訴人が就労のための努力をしたに拘らず適当な仕事が見つからなかったとか、収入の明らかな減少の事実を客観的に確定しうる証拠がない以上、右の統計表により得べかりし利益の喪失額を算定するほかないので、前記一般的労働者の一日の平均賃金金八四、一〇〇円の一年六月分の年収に一四パーセントを乗じた金額合計金二一万一九三二円を逸失利益と算定すべく、然るときは逸失利益は合計七一万六五三二円と認められる。

然るときは、本件事故により被控訴人真二の蒙った財産的損害は合計金九五万四〇一七円となる。

三、つぎに本件事故により被控訴人真二の蒙った非財産的損害に対する慰藉料について考えると、前記認定の被控訴人真二の受傷の部位程度、入院および通院の期間・後遺症の程度、このため開店の準備をしていた営業の開始を断念せざるを得なかったこと、その他諸般の事情を考慮し、被控訴人の精神的苦痛を慰藉するためには、当裁判所も金五〇万円をもって相当と解することは原判決の判断と同様である。

然るときは、被控訴人真二が本件事故により蒙った損害額は合計金一四五万四〇一七円となるところ、同人が自動車損害賠償責任保険より金五〇万円後遺症自賠責保険金として金一一万円合計六一万円の支払を受けていることは当事者間に争いがないので、右金額を控除すると控訴人が被控訴人に支払うべき損害額は金八四万四〇一七円となり、控訴人は同被控訴人に対し右金額およびこれに対する損害発生の日である昭和四二年九月二九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による損害金を支払う義務があるものである。

第二、被控訴人田辺文江の本訴請求について

(一)  つぎに、被控訴人文江の本訴請求については、当裁判所も財産的損害賠償の請求は失当であると判断するものであって、その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決理由説示(原判決一一枚目裏八行目から同一二枚目表八行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

(二)  原判決一一枚目裏一〇行目「原告田辺真二本人尋問の結果」の前に「原審における」を付加する。

(三)  つぎに被控訴人文江の本件事故によって蒙った非財産的損害による慰藉料について判断すると前記認定により被控訴人真二の妻であり、原審原告真剛の母であることは認められるけれども、前記認定の事実によっては被控訴人真二および真剛の本件事故による受傷が死に至る危険にさらされるものであったとは認め難く、したがってこのため、被控訴人文江が夫や子の生命を害された場合にも比肩すべきかまたは右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたものとは認め難く、被控訴人文江の慰藉料請求は理由がない。

第三、結論

然るときは、右と結論を一部異にする控訴人と被控訴人田辺真二とに関する原判決は主文のとおり変更すべく、控訴人の被控訴人田辺文江に対する慰藉料に関する原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから原判決を取消し、被控訴人田辺文江の請求を棄却することとし、民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、第九六条、第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 野田愛子)

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